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シルタス!

“知る” に何かを “プラス” 〜 「人生ネタ的」何でもアリなブログ(今はこちらのメインブログで書いています。http://enrique5581.net/)

人間の幸せって「シェアすること」にあるんじゃね?

オピニオン メンタル

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どうも、昨日オカンにまさかのバレンタインチョコをもらってはにかんだJazzy-Tです。

 

さてさて。

この記事を読んでちょっと考えさせられます。

恋愛や結婚ばかりが人生の幸福ではないよね? | ライフハックちゃんねる弐式 http://ow.ly/tFcoV

 

先日ひとりでこんなことを考えていました。

 

「おれはどんな時に幸せを感じるんだろう??」

  ↓

「人間ってどんな時に幸せを感じるんだろう??」

 

はい、暗いです。めっちゃ暗いです。

でも急に気になって考えてたんですよね。

一般的に幸せの指標になりやすい4つの項目で考えてみました。

 

結婚(恋愛)??

これは確かに幸せだとは思う。

ん〜〜〜でも幸せの本質ではないと思う。

 

もちろん家族を作っていくのは幸せだと思うし、恋愛して誰かが近くにいてくれる状況にあるのも幸せだけど、その「カタチ」が自分に幸せをもたらすのかといえばかなり違うし、結婚や恋愛をすることによってもたらされる「別の何か」によって幸せを感じるのだ。

 

三十代になると友人から結婚を相談されることが増えるんですよ。

でも、そのいずれも自分の気持ちを置き去りにした「周囲からの目」や“オトナの事情”に関するものが多いけど、そんな理由で結婚したり、逆に離婚したりしても不幸になるだけだと思う。結婚や恋愛、そのカタチ自体は何も生み出さない。

 

金(カネ)?

ん〜〜〜これも幸せの本質ではないと思う。

 

「お金を持ってたら幸せだという時代は終わった!」とかいう風潮の前に、ただお金をたくさん持っていても幸せではないし、それをどう使うか、もっと言えば使いたいと思えるようなことを持っているかが大事だと思う。大金を掴んで、家でそれを眺めてても全く幸せではないのだ。通帳を見てニヤニヤするという人もいるけど、それは「貯金(貯めていくこと)」の成果に喜びを感じているだけだと思う。

 

モノ??

ん〜〜〜これも幸せの本質ではないと思う。

 

そもそもぼくはたくさんのモノを持つのが嫌いだ。(個人的理由・・・)

それを差し引いても、たくさんのモノに囲まれてることで幸せは生まれないと思う。例えば何かのコレクターが、たくさんのコレクター品に囲まれてるのは幸せだと思うけど、それは「モノに囲まれている」と言うよりは、「好きなモノに囲まれてる」ことにカギがあると思う。だから誰もが羨むような車や家を持っていても、本人がそれを好きでなければ幸せではないと思うし、自分にとって不要なものを揃えていくことは不幸だとも言える。

 

地位??

ん〜〜〜これも幸せの本質ではないと思う。

 

ぼく自身で言えば、会社員の時にそれなりの地位をもらえた時、まったく幸せではなかった。自分以外に見なきゃいけない部分が増えて、仕事自体がおもしろく感じられなくなったからだ。だからその「地位」だけを欲して生きてるようなオジサンはある意味尊敬するけど、その人たちも幸せだったようには見えなかった。たぶんそこに自分の幸せがあるかのように頑張ったんだろうけど、地位を得たり、守ったりするためには数多くの裏切りや保身もあって、地位を得た時にはむしろ不幸になったように見える人も多かった。

 

じゃあ幸せってなに??

これら4つの項目、それ自体には幸せは無さそうだ。

じゃあどんな時に幸せを感じるんだろう。

 

結論:幸せになるカギは「シェアすること」にある

これらの4つの項目、それ自体に幸せはない。

これらをシェアできた時が一番幸せなんだと思う。

 

結婚(恋愛)は1つの「カタチ」。

その幸せの本質は、日頃の出来事、感動すること、ひいてはそれぞれの人生をシェア出来る状態を作れることに幸せを感じる。結婚というカタチだけ叶えても幸せじゃない人はなんと多いことか・・・ だからカタチに憧れてそれを叶えても幸せにはなれない。結婚に憧れてる人にはそう言いたい。

 

カネ、モノ、地位は単なる「ツール」。

そう、これらはツールでしか無い。

それを誰かと共有したり、誰かのために使うことで幸せは生まれる。それらを得た時に、独りでそれを眺めてても幸せではなく、寂しいだけだ。じゃあそのために結婚や恋愛をするかというとそれも違う。それをシェアしたいと思える相手がいる場合はそれで良いが、そのためにカタチを作るのは違う。

 

リアルで友だちがいるかどうかは、表面的な問題であった本質ではない。

今の時代はリアルで友だちが少なくて孤独を感じたとしてもネットという手段がある。「自分は孤独だ」と言ってる人ほど、ブログを書いてたり、SNSに精を出してたりするのは、リアルとは別のどこかでつながりを作って自分の知識や情報をシェアする機会を無意識のうちに作ろうとしてるのだ。

 

じゃあリアルでも孤独だし、ネットも使ってない人はどうなるんだ!?と言われるとうーーん。ぼくのロジックで言えば確かにそのような人は幸せを感じにくいのかもしれない。でもまず自分の足元には家族も、仕事の同僚も、近所の人もいるわけだから、そこから初めて見るのが第一歩かもしれない。

 

 

みなさんはどう考えてますか??

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