シルタス!

“知る” に何かを “プラス” 〜 「人生ネタ的」何でもアリなブログ(今はこちらのメインブログで書いています。http://enrique5581.net/)

ダメなら変えればいい。 ただそれだけの事。

ダメなら変えればいいだけ。 これは本当にシンプルな事です。 でも、現実世界は意外とそうでもないと、最近よく思います。 <例えば①>  「相手から情報をコマメに出して欲しい」 と思っていたとします。  相手が情報をだしてくれない場合は、「聞きにいく」行為への転換が必要で、一番シンプルだと思います。  しかし現実には、、  「○○さんはなかなか情報を出さない…」  「以前もそうだった…」  「何で僕のほうから聞きにいかなければならないのか…」  こんな、目の前の事実とは関係ない判断材料がはいると、物事は複雑になります。  要するに、自分のプライドや過去からの経緯、その人の特性などなど。  目の前の事実とは関係ない情報が邪魔をします。 <例えば②>  A案とB案があって、今回はA案を採用したとします。  もし、うまくいかなかった場合は、すぐにB案に乗り換えたらいいですよね。  しかし現実には  「続ける事で結果はあとからついてくる…」  「B案は元々反対派が多かったし…」  「B案は、部長が推してるから…」  これも同じく、過去からの経緯や社内政治、根拠の無い格言が判断の邪魔をします。 一番厄介なのは、こういった議論のために会議をしたり、立ち話で不満を言い合ったり、飲みに行ったりする事です。 それで楽しいのであれば否定はしません。 でも、自分の時間(時給)を使って、しかもお金を払ってまでやる事でしょうか。 基本的に利益も生みません。 成果も出ずに、自分の時間もなくなる。 そんな行為が必要なのか、それとも一時の「仲間意識」にただ流されているだけなのか。 いつも疑問に思います。 <目の前の事実だけを見つめて>  ダメなら変えればいい。  それもすぐに。  出来れば極端に。 本当にシンプルな事だと私は思います。
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