読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シルタス!

“知る” に何かを “プラス” 〜 「人生ネタ的」何でもアリなブログ(今はこちらのメインブログで書いています。http://enrique5581.net/)

書評…暴走検察…考えれば当たり前のことだけど…

------------------------------ 第1章 西松建設事件(死闘 検察vs小沢一郎/執念の旧田中派退治30年 いよいよ「最後の戦い」へ/検察が小沢政権を絶対に潰したかったわけ ほか) 第2章 政権交代(官僚が操る「一億総洗脳社会」の恐怖/対談 官僚に侵され始めた民主党/鳩山首相の「故人献金」 ほか) 第3章 検察暴走(小沢vs検察 最終戦争/これは犯罪捜査ではなく権力闘争である/検察がたどる「いつか来た道」 ------------------------------ なかなか衝撃的な内容でした。 TwitterなどのSNSの普及によって、それまで当たり前のように「正しい(正義)」とされ、議論にもならなかったものに目が向けられるようになりました。昔から問題提起している人たちはいたのですが、報道が抑制されると一般人の目に触れることがなかったため、蓋をできてきた。しかしSNSはそんな報道の壁を軽々と越えていきます。 で、その正しくあって当然の「正義」が実は正しくないのではないかと。もちろんジャーナリストの取材に基づいた本ですから、全部が全部正しくはないと思います。しかし少なくとも、その傾向は分かってしまいます。なかなか恐ろしいですよ。 個人的にはすごく疑問に思う事件も多かったんです。 数千億円の明らかな粉飾決算をしていた企業の経営者が不起訴になる一方で、数百億円の「会計ミス(計上ミス)」を起こした企業の経営者は起訴されて有罪。先日のオリンパス事件もそうでしたね。単純に金額だけの問題だけではないですが、この時間はどこがどう違うのだろう、そしてなぜその罪の重さが変わるのだろうと。 僕が学生時代には、「先生」は「絶対的に正しい存在」でした。 しかし大人になって少し考えると分かるのですが、「先生」は「神様」ではなく、同じ「人間」です。当然間違いもあるし、勉強不足な面も、未熟な面もあります。 つまり「絶対的に正しい存在」というのは、受け取る側の勝手な認識でしかなく、人間が関わる以上は、いろんな欲もあれば、間違いもあると。これをきっかけにもっとシンプルな視点で世の中を見渡してみようと思いました。 一般人とて、他人事じゃないっすよ。ほんと。
広告を非表示にする