あえて「辞める」前提で攻撃的に働いてみる
僕の仕事のキャリアを書いてみます。
・最初の会社 … 2年
・2つ目の会社 … 9年
・3つ目の会社 … 2ヶ月
・今の会社
もちろんそれぞれ辞めるタイミングには「理由」があったのですが、どれも「嫌だから辞める」といった理由ではなかったのは自分の人生においてとてもありがたく思ってる部分です。「ありがたい」と思う理由は、同僚や関係者の存在なしに僕だけでそうは思えないからです。
僕は仕事をする上であえて「辞める」前提で働くことが大事だと思っています。
そして僕のキャリアは上記の通りになっていますね。。。
その会社で長く働くことも大事だし尊いことなのですが、僕の経験では「この会社に居続けたい」とか「この会社で行けるところまで出世したい」とかどこかで「守り」の気持ちが出てくると、仕事は急激におもしろくなくなり、当然結果も出ません。 そして同じような人もたくさん見てきました。
僕はモチベーション高く、仕事の結果も出せてて自分で「良い時」だと評価できる時期を振り返ると、ちょっと乱暴ですが必ず「いつ辞めてもええわ!」「クビになっても結構!」って気持ちで仕事をしてる時でした。
逆に「良くない時」と評価した時期は、必ず「辞めさせられたら困る」とか「嫌われたくない」「下手は打てない」とかどこか「守り」の感情に支配されていましたので、とても不思議なものです。表現を見ても分かるように「良い時」は必ず自分主体の表現ですが、「良くない時」は他力的な香りが含まれていますね。
人間は歳を重ねると「背負うもの」が増えると言われます。
わかりやすいところで言えば、家族、子供、ローンなどでしょうね。これらを背負うと、自分以外の人を養う必要があり、逆に言えば収入がなくなるとその人達を路頭に迷わすことになるので、独身で自由な時期のように「クビになったらバイトでもして食いつなげばいいわ」なんて感情にはなりにくいものです。その他にもそれまで積み上げてきた「地位」や「年収」もあって、これらも「背負う」と表現するには十分な要素です。中年の方々や上層部が「保守的」だと言われやすいのは、彼らにこれらの背負うものがあるからです。
僕はメンズです。
僕は「いつでも辞めてやる!」って気持ちをあえて持つようにしています。
でなければ歳を取るごとにどんどん保守的になってしまいそうで、それが怖いからです。「オス」だった自分がいつか別物になる。それは人生において意義ある変化だと思う人も多いと思いますが、僕はそれが怖いです。決していつまでも浮気しまくるという意味ではなく・・・いつまでも「オス」でいたいし、常に攻めていたいと思います。
詳しくは書けませんが、最近自分の身の回りに起こってることは、自分を「守り」に向かわせるのに十分なことです。でも今こそあえて「攻め」たい! ここで保守的になるか、攻撃的でいられるかが僕の人生における結構大きなポイントだって、勝手に思っています・・・
そんな自分の意気込みなんて誰も気にしちゃいませんがね・・・