シルタス!

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36.自信が傲慢に変わる時

誰しも自信が傲慢に変わる時があると思う。それは自分ではなかなか気づけなくて、他人から評価してもらうか、時が経ってから振り返った時に「あぁ、あの時傲慢だったんだろうな」って初めて気付く

 

傲慢なまでの自信を持つことは決して悪いことじゃない。なぜならそれだけ自信を発信していたら、そのオーラに周囲ものせられて段々それが現実のものになっていくからだ。傲慢さは周囲をも巻き込むだけのエネルギーがある。

 

ただ判断が難しいのは、実は「保守的さ」を傲慢でカモフラージュしてる場合があってこれは厄介。つまり他の場所に行きたくないがために今の土地がいかにスゴイかを語ってる。県外に出たことのない人が「うちは魚がうまい」って言ってるのと同じ。

 

仕事においてスペシャリストは尊い存在である。その分野において磨き上げた腕は何者にも代えがたいし、評価されるべきだ。でも、趣味でもいいからそのスペシャリストが他の分野でどんな経験を持ってるかで懐の深さが変わってくると思う。

 

最近では「根拠のない自信」が大切だという。多様性が生まれて不確実な現代では、根拠ばかり求めてたら何も出来ないんだとか。まったくその通りだと思うんだけど、その「根拠のない自信」が知らない間に「チャレンジしたくない傲慢さ」に変わってた場合はいつまでたっても結果は出ない。

 

<終>「自信をもつ」ことと「前進すること」は別の次元。これが両立して初めて自信は活きるし、前進するための傲慢さを手に入れることができ、それはとてもスゴイエネルギーを生み出す。どちらかが失われればただ人に嫌われるだけの傲慢か、保守的なオジサンに成り下がる。