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シルタス!

“知る” に何かを “プラス” 〜 「人生ネタ的」何でもアリなブログ(今はこちらのメインブログで書いています。http://enrique5581.net/)

今日の脳カツ 15.低俗なTV番組に見る「赦す(ゆるす)事」の必要性

昨日の夜は体調が悪く、何をする気も起きなかったので、久々に民放をつけてなんとなく見てた。そうすると、ゴールデンタイムにもかかわらず、驚愕する内容の番組がやっていた。あまりにも衝撃だったので、それについて考えてみる。 その番組はあまりにも低俗だった。芸能人の離婚を当人を囲んで寄ってたかってイジって、離婚を勧めたり、著名人のトラブルを当人がいないところで批評したり…大笑いしたり… 一体何をやってるのかが理解できなかった。でも、徐々に理解が出来てくると、空恐ろしい気持ちになった。 要するに、「人の不幸」がその番組のテーマだった。「経験者」として出演している芸能人もまた、それぞれのトラブルの経験者だった。何でそんな仕事を受けるのかも少し不思議だ… 言うまでもなく、離婚はそれぞれに事情は異なる。それを「前例」と照らし合わせて批評する事にどんな意味があるのか。 TVやメディアの政策のキーワードは、「人の不幸」 と 「恐怖」にある。多くの場合は、それらを助長する事によって、ビジネスにつながるようになっている。それがメディア側のスポンサー企業への計らいであり、スポンサーもそれによってメディアに投資する。それはハッキリとしたビジネスの形だ。 細かい真実は知る由もないが、番組制作にはスポンサーの意向が入っている事は容易に想像できる。一部の企業、人が得するために、多くの人が陽動されている。そして、個人的には昨日のような番組を見ると気分が悪くなるが、「人の不幸」や「恐怖」には人が集まりやすいのもまた事実である。 怒りや批判には二段階あって、一つ目はその「物事」に対するもの、二つ目はその「本人」に対するものである。ここ最近の事例を見ても、男優が二股をかけていたという「物事」に対する批判が起こり、本人が謝罪したらしたで、「泣くな!」「男らしくない!」という批判が起こる。どうすれば正解なのか… ゴールデンタイムに流れている低俗な番組も、裏を返せば、決して少なくないニーズがあるんだと思う。そこから考えると、世の中は全体的に寛容さを失っている。自分の生活に何ら影響のない、個人的な「人の不幸」を見て、喜んだり、笑ったり、批評したりするのは明らかに不健全だと思う。 怒りや批判が二段階あるように、赦す事も二段階が必要だ。まずはその物事を赦し、反省して更生しようとする本人を赦す。自分の身の回りを見ると分かりやすいが、人を赦す事は難しい。トラブルの火種はいつまでも尾を引く事が多い。でもだからこそ、せめて身近ではない物事から赦していく事が必要だ。 決して達観して言う結論ではないが、寛容になって人を赦せる人が増えれば、昨日のような番組の視聴率は低くなり、制作側も方向転換をせざるを得なくなる。もっと人の良い面や楽しい部分をテーマにした番組が増えてほしいものである。
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