シルタス!

“知る” に何かを “プラス” 〜 「人生ネタ的」何でもアリなブログ(今はこちらのメインブログで書いています。http://enrique5581.net/)

電車で外国人の方が困っている時、気持ちさえあれば‥

先ほど、堺市の方からJRに乗って梅田まで来た。 座席に座ってると、前に座ってる男性が何やらキョロキョロしていた。 そうするとすぐに振り返り私に話しかけて来た。 英語だった。 彼は京都まで行きたいようで、どこでどう乗り換えて、どれぐらい時間がかかるのかを聞いて来た。 大阪での乗り換えで、大阪までは15分ぐらいで、そこから30分ぐらいだよと教えてあげると、笑顔でお礼を言われた。 でも、気になる事が出て来た。 大阪は乗り換えが複雑。 恐らく彼らは迷うと思う。 力になってあげたい、そう思った。 でも、「英語が流暢ではないから、恥ずかしい」そんな感情も同時に襲って来た。 そうしてるうちに、大阪に到着。 彼は礼儀正しく、再度私にお礼を言って降りた。 見ていると案の定、キョロキョロしていて、明らかに困ってる。 「力になりたい。しかも、英語に触れる良い機会だ」という気持ちが勝ち、思い切って声をかけて、乗り換えホームまで案内した。 その間の五分間ぐらいで、色々と会話をした。 彼が香港人である事。 大阪と京都に観光に来た事。 四日間滞在する事。 などなど。 最後はものすごいお礼を言われて硬い握手を求められた。 「あなたの貴重な時間をありがとう」 そう、言われたと思う。 「力になりたい」という気持ちがあれば、言葉が喋れるかどうかは関係ない。 要は気持ちがあるかだ。 でも、日頃の自分や周りを見渡していると、様々な制約を「自分で」設けて、それを「出来ない理由」にしてる。 こんな思考訓練があった。 「英語が喋れないから海外勤務、海外移住は嫌だと言う。 それなら、もしあなたが英語を喋れたなら、日本を出て世界どこへでも行きますか??」 これと全く同じ。 英語が喋れても、別の「出来ない理由」を探す人は探すだろう。 要は気持ちがあるか、どうか。 それを自分に問う出来事だった。 iPhoneからの投稿
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